大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 平成2年(ワ)94号 判決

原告

佐田敏美

右訴訟代理人弁護士

山内滿

〈外五名〉

被告

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

住田正二

右代理人支配人

山岡瑞雄

被告

吉田二夫

右両名訴訟代理人弁護士

内藤徹

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二五万円及び内金二〇万円に対する昭和六三年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告ら(連帯)の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一一〇万円および内金一〇〇万円に対する昭和六三年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、被告会社秋田支店本荘保線区の本荘保線支区施設係として稼働する現場労働者であり、かつ国鉄労働組合(以下、単に「国労」ともいう)秋田地本本荘保線区分会に所属する組合員である。

(二) 被告吉田は、被告会社の本荘保線区の区長の地位にあつた者である。

2  本件不法行為

(一) 被告吉田は、昭和六三年五月一一日午後二時一五分ころ、羽越本線出戸駅構内において、原告がバツクルに国労マークの入つているベルト(以下「本件ベルト」という)を身に付けながら作業に従事しているのを見つけ、原告に対し、就業規則違反を理由として、本件ベルトの取り外しを命じたうえ、翌日、本荘保線区の被告吉田の所まで出頭するよう命じた。

(二) 被告吉田は、翌一二日午前八時三〇分ころの朝礼点呼の際、本荘保線区事務室内の職員に対し、「就業規則を分からない者がいる。迷惑がかかるかもしれないが皆さん協力してください。」と述べ、朝の体操終了後、原告に対し、「佐田敏美、教育訓練」と指示し、原告を被告吉田の面前に着席させ、午後四時三〇分までの就業規則全文の書き写しと、その後感想文の作成、書き写した就業規則の読み上げを命じた。原告は被告吉田の命令に従つて就業規則の書き写しを開始したが、被告吉田は、原告が少しでも手を休めたり、頭をもたげたりすると、「手を休めるな、早く書け。頭を上げるな。」と怒鳴り、机を足で蹴り大きな音を立てながら恫喝を加え、職員が原告にお茶を差し出すのを制止し、更に、原告が用便に行くのも制限して、原告に昼休み以外には休憩も与えなかつた。被告吉田は、午後四時三〇分ころになつて、原告に書き写した就業規則の読み上げを命じ、原告が起立して読み上げている間も「足元をふらふらさせるな。」と気合いをかけるなどして、原告をして午後四時五〇分ころまで就業規則の読み上げをさせた。その後、被告吉田は原告に対し、感想文の作成を命じ、原告が数行しか書けなかつたのを怒り、勤務時間が過ぎた後も原告の帰宅を制止した。

(三) 原告は、同日帰宅後、腹痛が起きたため、電話で、本荘保線支区長に、明日、年次有給休暇をとる旨申し入れたが結局認められず、同人から明日も本荘保線区の事務室に出頭するよう命じられたため、翌一三日朝、やむなく腹痛を堪えて、同事務室に出頭した。被告吉田は原告に対し、教育訓練と称して、昨日に引き続き午後四時ころまでの就業規則の書き写しと、書き写した就業規則の読み上げを命じ、原告は腹痛を我慢して就業規則の書き写しを始めたが、午前一〇時三〇分ころになつて、腹痛が我慢しきれなくなつたため、被告吉田に事情を話して病院へ行かせてくれるよう申し出たが、被告吉田はこれを認めなかつた。原告は午前一一時ころになつて、再び被告吉田に病院に行かせるよう申し出たところ、被告吉田は最初これを認めなかつたが、原告が胃潰瘍の病歴等があることを説明したことからようやくこれを認め、原告の就業規則の書き写しを止めさせたが、原告に対して、今日と昨日書いたことの感想を求め、原告が就業規則の中身が変わった旨述べたところ、国労の物を身に付けることは就業規則三条に規定する職務専念義務に違反する旨、就業規則書き写しについての結論めいたことを述べた(以下、原告に対する右一連の教育訓練を「本件教育訓練」という)。原告は午前一一時二〇分ころになつて、ようやく被告吉田から解放され、直ちに由利組合総合病院に行き診察を受けたが、同病院の医師から入院するよう宣告され、翌一四日から同月二〇日まで同病院に入院するに至つた。

3  本件教育訓練の違法性

(一) 本件ベルトの着用と就業規則違反

被告らは、原告による本件ベルトの着用が就業規則に違反する旨主張するが、以下のとおり、原告による本件ベルトの着用は就業規則に何ら違反するものではない。

(1) 服装の整正(就業規則二〇条)

被告は、本件ベルトの着用が服装の整正に関する就業規則二〇条に違反する旨主張するが、本件ベルトは同条の規制の対象とはなつていない。

すなわち、同条三項は、「社員は、勤務時間中に、又は会社施設内において、会社の認める以外の胸章、腕章等を着用してはならない。」と規定しているが、胸章や腕章は、元来、被告会社から貸与される制服等の目立つ位置に付けて着用するもので、被告会社の胸章や被告会社のキヤンペーン用の腕章とは相矛盾しており、かつ、必需品とは判断されないものである。これに対して、ベルトは日常の必需品として使用されており、被告会社からは貸与がなされていないものであつて、もつぱらその着用は個人の私生活上の自由の範ちゆうに属するものであるから、胸章や腕章とはその性質を異にしており、右条項の直接の対象とはなつていないものである。

(2) 職務専念義務(就業規則三条)

被告は、労働者の職務専念義務について、労働者の精神的、肉体的活動のすべてを職務の遂行にのみ集中すべきことを要求し、職務以外のために用いることを許さない旨主張するが、かかる見解は、労働者の全人格的従属を強いるものであつて、近代的な労働契約の基本理念と全く相容れないものである。労働者の労務供給義務(職務専念義務)は、労働契約によつて定める労働内容を遂行するために必要な精神的、肉体的活動力の発揮を要請するに止まるものである。原告の本件ベルトの着用は、被告会社の業務を何ら阻害するものでもなく、かつ、原告の業務に対する注意力の妨げになるものでないから、職務専念義務に何ら反するものではない。

(3) 就業時間中の組合活動の禁止(就業規則二〇(ママ)条)

就業規則二〇(ママ)条は就業時間中の組合活動の禁止を規定しているが、原告の本件ベルトの着用は組合活動にあたらない。本件ベルトはいわゆる組合グツズと呼ばれるもののひとつであるが、国労の青年部が国鉄時代その活動資金の調達を主目的として販売したものであり、組合員には買い受けの義務はなく、組合からも着用の指示が出されていたものでもなく、その着用は組合員個人の趣味嗜好によつていたものであつて、原告による本件ベルトの着用は組合活動としての性格を何ら有していないものである。

(4) 職場秩序の維持

本件ベルトの着用が組合活動にあたらないことは前記のとおりであり、被告会社の職務規律維持の点でも違反していることはない。

(二) 仮に、原告による本件ベルトの着用が就業規則に違反するとしても、被告吉田による前記態様での本件教育訓練は、原告に対するしごきであつて、正当な業務命令の裁量の範囲を明らかに逸脱した違法があり、不法行為を構成することは明白である。

4  責任原因

被告吉田は民法七〇九条により、被告会社は、被告吉田による右不法行為が勤務時間中に、かつ業務命令としてなされたものであるから、業務の執行につきなされた不法行為として、民法七一五条によりそれぞれその責任を負担する。

5  損害

(一) 原告は、右不法行為によつて、耐え難い屈辱と異常なまでの緊張感を抱かされ、口には表せ得ない精神的及び肉体的苦痛を与えられた。その結果、殆ど回復したと診断されていた胃潰瘍もストレスが昂じて再発し、一週間の入院治療を余儀なくされた。原告の受けたかかる精神的損害を慰謝するための慰謝料は、一〇〇万円を下回ることはない。

(二) 原告は本件訴訟の追行を原告代理人に委任したが、本件での損害請求額の一割に相当する一〇万円が本件不法行為との相当因果関係にある損害である。

よつて、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、各自損害金合計一一〇万円及び弁護士費用を除いた一〇〇万円に対する不法行為後の昭和六三年八月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否と主張

1  (認否)

(一) 請求原因1項の事実は認める。

(二)(1) 同2項(一)の事実は認める。

(2) 同項(二)の事実中、昭和六三年五月一二日午前八時三〇分ころの朝礼点呼の際、被告吉田が職員に対し、「迷惑がかかるかもしれないが皆さん協力してください。」と述べたこと、被告吉田は原告に対し、朝の準備体操終了後、原告を被告吉田の面前に着席させて、就業規則の書き写し、その後感想文を書くこと、書き写した就業規則を読み上げることを指示したこと、原告が被告吉田の命に従い就業規則の書き写しを開始し、その間、被告吉田は原告へのお茶の接待を差し控えさせたこと、昼休み一時間の休憩時間を与えたこと、被告吉田は午後四時三〇分ころになつて、就業規則の読み上げを命じたこと、原告が感想文を数行しか書けなかつたことは認め、その余は否認する。

(3) 同項(三)の事実中、翌一三日、被告吉田は原告に対し、教育訓練を命じ、昨日に引き続き午後四時ころまでの就業規則の書き写しと書き写した就業規則の読み上げを命じたこと、原告が午前中に腹痛を訴え、病院に行かせてくれるよう申し出たこと、被告吉田は原告の言い分を聞いて就業規則の書き写しを止めさせ、原告に対し、今日と昨日書いたことの感想を求めたところ、原告が就業規則の中味が変わつたと述べたこと、原告が午前一一時二〇分ころ本荘保線区を出たこと、原告が同月一四日から同月二〇日まで由利組合総合病院に入院したことは認め、原告が本荘保線支区長に電話で年次有給休暇を申し入れたがこれが認められなかつたこと、原告が同月一三日に由利総(ママ)合病院に行き診察を受けたことは知らず、その余は否認する。

(三) 同3ないし5項の事実は否認する。

2  (主張)

(一) 原告が勤務時間中に本件ベルト(バツクルに国労マークのシールを貼り付けたベルト)を着用した行為は、以下のとおり、被告会社の就業規則に違反するものである。

(1) 服装の整正(就業規則二〇条)

服装の整正に関しては、二〇条において、「制服等の定めのある社員は、勤務時間中、所定の制服等を着用しなければならない。」(第一項)、「社員は、制服等の着用にあたり、常に端正に着用するよう努めなければならない。」(第二項)、「社員は、勤務時間中に、又は会社施設内において、会社の認める以外の胸章、腕章等を着用してはならない。」(第三項)と定められている。特に、第三項において、会社の認める以外の胸章、腕章等の着用の禁止を定めているのは、会社の認めないリボン、ワツペン、組合バツチ等を着用することが、その着用の目的、態様、表示の部位、内容如何によつて、社会通念上、旅客に対し、嫌悪、不快感を抱かせる恐れがあることのほか、被告会社の職場規律を乱す虞れがあるためであつて、職場規律の確立を図るうえからも十分意味のあることである。本件ベルトを含む国労マーク入りのいわゆる組合グツズなるものは、制服等の表面上に装着、若しくは制服等と一体をなす方法により使用され、かつ、組合の団結意識を誇示するものとして使用されるものであつて、組合の団結をシンボライズするために用いられる組合バツジにおける用法と同種のものである。したがつて、本件ベルトの着用は同条三項で禁じた「会社の認める以外のもの」の着用に該当し、同項に違反することは明らかである。

(3) 職務専念義務(就業規則三条)

三条は、「社員は、会社事業の社会的意義を自覚し、会社の発展に寄与するために、自己の本分を守り、会社の命に服し、法令、規程等を遵守し、全力をあげてその職務の遂行に専念しなければならない。」と規定している。その意味は、社員は勤務時間中、その精神的、肉体的活動力を挙げて業務に集中することを要求されているということである。したがつて、社員が勤務時間中に職務の遂行に関係のない行為又は活動をすることは、当然に職務に対する注意力がそがれるから、かかる行為又は活動をすることは、職務専念義務に違反することになる(なお、職務専念義務に違反するか否かの判断にあたつては、具体的に業務の遂行が阻害されるなど実害を生じたか否かは考慮する必要がないとするのが確立した最高裁判所の判例である)。原告の本件ベルトの着用は、国労組合員であることを誇示し、使用者、他の労働組合及び利用者に対して国労の団結を示威することを目的としてなされたもので、組合活動に該当し、原告が勤務時間中にかかる組合活動を行うことは、原告の施設係としての職務専念義務に違反するものである。

(3) 勤務時間中の組合活動の禁止(就業規則二三条)

二三条は、「社員は、会社が許可した場合のほか、勤務時間中に、又は会社施設内において、組合活動を行つてはならない。」と規定している。原告による本件ベルトの着用は、前記のとおり、勤務時間中の組合活動に該当するから、右条項に違反することは明らかである。

(4) 職場規律の維持

本件ベルトの着用は、国労組合員の闘争意識、連帯意識を昴(ママ)揚することを狙いとし、反面、他の社員と俊別する機能も有する。被告会社の業務は緊密な社員のチームワークを必要とし、職場に組合活動を持ち込むことは国労以外の社員との協調を損ない心理的動揺を惹起し、強(ママ)いては業務指示に基づく円滑な業務遂行ができないことになるから、原告による本件ベルトの着用は、職場規律維持の点でも違反している。

(二) 本件教育訓練について

(1) 被告会社の前身の国鉄において、経営の破綻を招いた原因について、職場規律の乱れが一因として指摘され、その是正に向けて、氏名札の着用等、服装の整正に関わる事項にも重点的に取り組んできた。このような経過から、被告会社においても、職場規律の保持に努め、その一環として服装の整正について全社的に取り組み、特に組合バツジ等の着用については、それが服装の整正に関する就業規則二〇条に違反することを明らかにし、その着用を禁止し、機会あるごとにその徹底を図つてきた。本件ベルトを含む組合グツズの着用は、前記のとおり、組合バツジ等の着用とその本質において何らかわるものではないから、組合バツジ等の着用と同様に前記の各就業規則に違反するものとして、被告会社は社員に対し、組合グツズの着用をしないよう注意、指導してきた。

(2) ところが、被告吉田が勤務時間中に本件ベルトを着用していた原告を注意したところ、原告が「就業規則は知らない。好きだから着けている。」などと反発し、就業規則を遵守する意思がなく、会社の服装規律等の重要性を理解せず、かつ無知であることを公言してはばからなかつたことから、被告吉田は、規律秩序の大綱を習得させ、かつ可能なかぎり自らもその場に臨み、その進歩、向上を評価できる方策として、原告に対し、就業規則の書き写しという基本的な教育訓練を選択、実施したものである。いかなる教育訓練方法を選択するかは、本来的には職場内教育の責任者である勤務箇所長(本荘保線区の場合には被告吉田)の裁量に委ねられている事項であるが、被告会社秋田支店においては、就業規則等の書き写しの教育訓練方法は取り立てて珍しいものではなく、就業規則の書き写し自体、被告吉田の裁量の範囲内の教育訓練方法である。

(3) 本件教育訓練の内容については、教育訓練である以上ある意味で厳しさを伴うのは当然であり、原告の教育訓練を受ける態度がいかにも散漫であつたため、被告吉田が注意を与えたことも事実であるが、原告が主張するような「しごき」等がなされたことはない。本件教育訓練の内容が一般常識外の過酷なものでないことは、原告が本件教育訓練中書き写した就業規則の数がB四版の紙一〇枚にすぎない結果からも明らかというべきである。

また、原告をして書き上げた就業規則を読み上げさせた行為は、書き写しにより習得された知識を音読することにより一層理解を深める意図でなされたものであり、読み上げの際、原告を起立させたのは、学校教育等の場において万人が経験していることであつて、不当なものとはいえない。更に、感想文の記述を求めた点についても、被告会社においては従来から行われている方法であり、不当なものとはいえない。

(三) 以上のとおり、被告吉田は、原告の就業規則に違反する本件ベルトの着用を注意し、更に、その裁量の範囲内で、原告に対し、社員として当然有すべき知識、取るべき行動について、本件教育訓練を行つたものであつて、被告吉田のかかる行為は正当な行為である。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1項(当事者)及び2項(本件不法行為)の(一)の各事実は当事者間に争いがない。

二  ところで、原告及び被告らは、本件教育訓練が正当なものであつたか否かの判断の前提として、本件教育訓練の業務命令が発せられる理由となつた勤務時間中の国労組合員である原告による本件ベルトの着用が、被告会社の就業規則に違反するか否かの点について主張しているので、まず、この点について検討する。

1  前記争いのない事実に、(証拠・人証略)、原告及び被告吉田二夫の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件教育訓練に至るまでの経緯について、次の事実が認められ、これに反する(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果の各一部は採用できない。

(一)  被告会社の発足前の国鉄においては、経営の破綻を招いた原因のひとつに職場規律の乱れが国鉄の内外から指摘され、その是正に向けて、氏名札の着用等、服装の整正に関わる事項についても積極的な取り組みが行われた。このような経過から、被告会社においても、昭和六二年四月の発足直後から、職場規律の一環として、就業規則二〇条において、被告ら主張の内容の服装の整正に関する規定を設け、リボン、ワツペンのほか、いわゆる組合バツジの着用を禁止し、国労組合員を含む労働組合員に対し、そのための注意や指導を行い、着用者に対しては、組合バツジの離脱命令を出すなどして、その実現を図つてきた。国労組合員の中には、被告会社の指導、命令に従わずに、国労の組合バツジ等を着用して、被告会社から種々の懲戒処分を受け、そのため、その処分の当否をめぐつて、各地の地方労働委員会に申し立てがなされた。本荘保線区においても、被告会社の発足直後から、国労組合員を含む各組合員に対し、組合バツジ等の着用に関し、前記と同様の指導がなされ、国労本荘保線区分会(以下「分会」という)においても、上部機関からの指示で組合バツジ(国労バツジ)を外すようになつた。

(二)  国労のマークの入つたベルト、ネクタイ、ジヤンパー、ネクタイピン、ライター、ボールペン等のいわゆる国労グツズと呼ばれるものは、国労が国鉄時代にその活動資金を得るため販売したものであるが、国労グツズの購入、その使用は、国労組合員各自の判断に任されていた。国労グツズ(例えば、ネクタイ)の着用、使用に関しても、被告会社から組合バツジと同様、使用禁止の指導がなされ、本荘保線区においても同様の指導がなされていた。

(三)  被告吉田が本荘保線区区長に就任した昭和六三年三月以降、本荘保線区においては、国労組合員との間で、本荘保線区と国労本荘保線区分会との現場協議制のあり方などの問題をめぐつて対立的な関係が続き、そのような状況の中において、国労組合員の一部には、国労グツズを使用する者がいたため、被告吉田らから注意、指導がなされていた。

(四)  原告は、昭和六三年五月一一日、羽越本線出戸駅の信号場構内において、上着を脱いだ状態で、作業服に本件ベルトを着用し(原告はベルト部分に国労マークの入つた腕時計もしていた)、同僚四名とともに、軌道回路の絶縁体の交換作業を行つていたところ、巡回に来た被告吉田から、本件ベルトの着用が就業規則に違反する旨指摘され、かつその行為を厳しく非難されたうえ、本件ベルトを取り外すよう命じられた。これに対し、原告は、本件ベルトを「好きだからやつている。就業規則なんか知らない」旨反発したため、被告吉田は原告に対し、翌日、本荘保線区の被告吉田の所へ出頭するよう命じた。翌一二日朝、被告吉田は、本荘保線区事務室に出頭した原告に対し、就業規則の書き写し等を内容とする本件教育訓練を命じた。

(五)  本件ベルトは、ベルト部分が紺色の布地製でできており、バツクル部分には、四角の枠取中に黒地に金色でレール断面及びNRUの文字がデザインされたスチール製の国労の記章(マーク)が貼りつけられたものである。

以上の事実が認められる。

2  服装の整正(就業規則二〇条)について

前掲(証拠略)によれば、服装の整正に関しては、就業規則二〇条に、被告ら主張の内容の規定がなされ、その第三項において、被告会社の認める以外の「腕章、胸章等」の着用を禁止しているが、ベルトは服装に関しての必需品であり、ベルト自体の性質、機能から考えれば、明らかに腕章、胸章類のように服装に関する必需品とは言えず、殊更に何らかの表示のため着用される類のものとは異なるものである。しかしながら、本件ベルトのバツクル部分に貼りつけられた国労のマークは、国労を表示するものとして、いわゆる国労バツジと機能的には同質のものであると評価され、前記のとおり、同条項が組合バツジ等の着用を禁止することをその趣旨として規定された経緯などに照らすと、本件ベルトも一応は同項の規制の対象となり得るものと解するのが相当である。

もつとも、本件ベルトを同項の対象としてその着用を規制することは、本件ベルトの着用が国労組合員としての連帯意識を高める機能を有すると認められることから、国労組合員の連帯感、ひいては団結権の保障にも影響することになるから、その着用の規制の合理性については検討を要するといわざるを得ない。

被告らは、同項の趣旨は、旅客に対し、嫌悪、不快感を抱かせるのをなくすことのほか、特に、国鉄以来の職場規律の乱れを是正するところにあり、また、本件ベルトの着用が勤務時間中における組合活動に該当し、かかる活動を制限することが職場規律の維持の点からも必要である旨主張するので、この点について検討する(就業時間中の組合活動が許されるのか否かの点については、後記のとおりである)。

ところで、原告による本件ベルトの着用が、旅客に対して、嫌悪、不快感を抱かせ、若しくはその虞があることを認めるに足りる証拠はないから、右理由が直ちに本件ベルトの着用を規制する合理的な理由にはならない。

職場規律の維持、それ自体は企業が存続していくうえで、必要不可欠なものであり、特に、国鉄の抱えた危機的な状況や、これに打開するために、新たに発足した被告会社が抱える使命などを考慮すれば、被告会社にとつては、職場の規律を維持することが一般の私企業に比較して、なお一層の重みをもつていることは否定できないところであるが、なお、原告による本件ベルトの着用を、職場規律の維持の点から、就業規則二〇条に反する違法なものとして制限できるとすることには疑問があるといわざるを得ない。

前記のとおり、本件ベルトの着用は国労組合員であることを表示するものであり、国労組合員にとつては、本件ベルトを着用することが、国労組合員としての意識、連帯感を高めることになり、特に、被告会社発足後も、被告会社と国労の対立的な状況が続いている中では、本件ベルトの着用が、国労組合員としての帰属意識、連帯をより一層強め、ひいては組合全体の団結心を高める心理作用を促進するものであり、本荘保線区においても、国労組合員との間で対立的な関係が続き、被告吉田らが分会の国労組合員に対し、職場規律の維持を理由として、国労グツズの使用を注意、指導していた状況の中での原告の本件ベルトの着用は、組合員であることを誇示する意味と作用を有していたことも否定できないところであり、その意味で原告による本件ベルトの着用は広い意味における組合活動の一面があることは否定できないところである。

しかしながら、本件ベルトを含む組合グツズは、国労がその活動資金を得るために販売したものであり、その購入、使用は国労組合員個人の判断に任されていたものである。すなわち原告本人尋問の結果によれば、原告による本件ベルトの着用も、組合の指示に基づく組織的、集団的なものではなく、原告個人の判断によつていたものであり、組合活動の一面はあるものの、それは個人的な活動の域を出ていないものであつて、組合活動としての職場規律への影響はほとんど考えられないこと、本件ベルトは着用者が国労組合員であることを表示する機能を有するのみであつて、リボン、ワツペン等のように他に何らかの具体的な主義主張を表示しているものではなく、しかも、国労組合員であることを表示する機能も、ベルトとしての性質から組合バツチ等に比較しても高いとはいえず、本件ベルトの着用による職場規律への影響は少ないと考えられること、原告は、当時、施設係として稼働しており、旅客との接触ない業務であつて、本件ベルトの着用によつて被告会社の業務が阻害されることもなく、その意味からも職場規律を乱す虞も少ないことが認められ、右の認定を左右する証拠はない。

右のような性質を有する本件ベルトの着用を、勤務時間中に労使の対立を持ち込むとの理由で違法なものとして規制することは、結局、労使間に対立的な状況がある場合には、職場規律を乱す虞れの理由で、組合活動の色合いのあるものすべてを制限できるに等しい結果をもたらすものであつて、かかる結果は、被告会社に与えられた使命やこれまでの被告会社と国労の深刻なまでの対立的状況等を十分考慮しても、憲法上認められた労働者と使用者の対等な労使関係を損なうものとして是認できないといわざるを得ない。

したがつて、職場規律の維持を理由として、就業規則二〇条により、原告の本件ベルトの着用を規制することは合理的な理由があるとはいえず、原告による本件ベルトの着用は同条に違反する違法なものとはいえない。

3  職務専念義務(就業規則三条)について

前掲(証拠略)によれば、就業規則三条において、被告主張の内容の職務専念義務が定められている。これは、労働者は、労働契約に基づき就業時間中は、その活動を専ら職務の遂行に集中すべき義務を負担するという契約上当然のことを就業規則上明記したものに他ならない。しかしながら、具体的な労務提供の現場において、使用者が労働者に対し、どの程度、態様において職務に専念することを要求しうるものであるかについては種々の見解が存在する。

当裁判所は、職務専念義務とは、労働者が労働契約に基づきその職務を誠実に遂行しなければならない義務というのに尽きるものであつて、それ以上に、肉体的にも精神的にも、全ての活動力を職務に集中し、就業時間中職務以外のことには一切注意力を向けてはならないことまでも要求されるものではないものと解するのを相当とする(最判昭和五七年四月一三日民集三六巻四号六五九頁中の裁判官伊藤正己補足意見)。けだし、労働者は就業時間中全ての活動力を職務にのみ集中し、職務以外のこと一切に注意力を向けてはならないとすれば、労働者は少なくとも就業時間中は使用者にいわば全人格的に従属することとなり、このことは、労働者と使用者の関係は対等な人格者相互間の労働契約によつてのみ規律されていることにも矛盾するからである。

したがつて、労働契約上の義務と何等支障なく両立し、使用者の業務を具体的に阻害することのない行動は、必ずしも職務専念義務に違反するものではなく、かかる意味において、就業規則三条もその制約を受けるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告による本件ベルトの着用は、広い意味における組合活動としての一面があることは否定できないけれども、原告の担当する業務の内容、性質からして、本件ベルトの着用によつて、被告会社の業務が具体的に阻害され、あるいはその虞があるものとはいい難いものであること、原告は本件ベルトをベルトとして使用しているだけであり、その態様からしても業務阻害の虞はないこと、本件ベルトは具体的な主義主張を表示するものではなく、単に国労組合員であることを表示するものに過ぎない性質のものであり、その着用が原告の担当する業務に影響することは考えられないこと、等に照らすと、原告の本件ベルトの着用は、原告の負担する労働契約上の義務の履行としてなすべき肉体的、精神的活動と何等矛盾なく両立するものといわざるを得ない。従つて、原告による本件ベルトの着用は、就業規則三条の職務専念義務に違反するものではないというのが相当である。

4  就業時間中の組合活動の禁止(就業規則二三条)について

前掲(証拠略)によれば、就業規則二三条において、被告主張の内容の就業時間中の組合活動の禁止が規定されている。前記認定のとおり、原告による本件ベルトの着用は広い意味における組合活動としての一面があることは否定することはできず、従つて、形式的には同条に抵触することになる。

ところで、就業時間中の組合活動は労働契約上の債務である労務提供義務の不履行となり、会社が許可した場合や労使慣行上認められた場合の他は原則として許されないと解されているが、労働者の労働契約上の義務の履行としてなす肉体的、精神的活動と何ら矛盾することなく両立し、業務に支障を及ぼす虞のない場合で、円滑な業務の遂行を維持するために不可欠な職場規律を乱す虞のない場合等特段の事情がある場合には、これが例外的に許容される場合もあるものと解される。

けだし、一口に組合活動と言つても、それは広義には憲法二八条に基づく団結権を享有する主体が団結の目的を達成するために行う全ての団結活動を指すものであつて、具体的には、組合の結成、加入を初め、団結の維持強化を目的として行われる組織活動全般、対外的な活動、対使用者関係における団体交渉、各種の職場活動、争議行為等までを総称し、その態様は極めて多種多様である。これらの中には、会社施設内で行われるものも多く、また、それらが仮に勤務時間中に行われたとしても、会社業務に与える阻害性の度合いも必ずしも一様ではなく、まさに千差万別であるといつてよい。契約上の債務を履行すべき勤務時間中において、労働者が業務を阻害する態様の組合活動をすることの許されないことは自明である反面、労働者の勤務時間中における行動或いは態度等が、広い意味での組合活動の範ちゆうに属すること、ひいては「組合的色彩」を多少なりとも帯びることだけを理由に、これが一切許されないとすると、およそ業務を阻害する虞のないような態様のものまでが会社にとつて好ましくないと判断され禁止される結果、逆に憲法二八条が労働者に対して保障した団結権を結果的には侵害する事態を招来することがないとはいえない。けだし、それぞれの労働者はそれぞれの組合に所属し(被告会社には原告の所属する組合である国労の他、JR東労組、東日鉄産労等の各組合が並存している。)、それぞれの要求、意思又は思想を持ちつつ労務提供している具体的人間であり、また、右労働者の労務提供の態様も、究極のところそれら個別人間の肉体と精神とを駆使した意欲的活動に期待し、その産物でしか有り得ない以上、個別労働者の個々的属性を完全に捨象したところで行われる筈はない。しかるが故に、就業時間中における組合活動の制限についても、これを判断するについては、具体的に団結権を保障された労働者としての立場と、使用者に対する誠実なる債務の履行という二つの要請の適切なる調和の中で決定される他ないのである。かような意味で、使用者は、およそ本来の業務を阻害する虞のないような態様のものについては、仮にそれらが組合的色彩を帯びるが故に使用者からみて好ましくないとされるものではあつても、自ずから一定の受忍すべき範囲が存在するものと思料される。

これを本件の場合について考えてみるに、原告による本件ベルトの着用が、原告が負担する労働契約上の義務の履行としてなすべき肉体的、精神的活動と何等矛盾することなく両立し、会社の業務に具体的な支障を及ぼしたこともないことは前記のとおりであり、また、原告の本件ベルトの着用は、広い意味での組合活動としての一面があるにせよ、それは個人的な域を出ないものであり、しかも本件ベルトは国労を表示するだけで、それ以上の何等の格別の意思を表示するものではなく、また、その表示機能もベルトとしての用法、性質に基づく自ずからの限界があるのであり(すなわち、腕章や胸章等と違つて殊更に目立つ場所に着用している訳のものではなく、表示機能もそれらに比して低いと評価されこそすれ決して高いものではない。)、本件ベルトの着用による職場規律への影響は少ないものといわざるを得ない。

以上の諸点を考慮すると、会社としても、本件ベルトについては、それが広い意味での組合活動に該当することを理由として一律にこれを禁止することは相当ではなく、むしろこれを受忍し或いは是認すべき程度、態様のものと判断されるのである。

したがつて、原告による本件ベルトの着用という態様の組合活動は、就業時間中であつても一概に違法なものとは断じ難く、右の程度の行為は被告会社としても元々容認すべき許された行為というのが相当であるから、この点に関する被告らの主張は採用し難い。

5  以上のとおり、原告による本件ベルトの着用は、被告会社の就業規則に違反しない行為というべきである。したがつて、被告吉田による、本件ベルトの着用が就業規則に違反することを理由としてなした原告に対する本件教育訓練の業務命令は、それ自体理由がないものといわざるを得ないが、被告吉田が本件教育訓練の業務命令を発したことそれ自体が、直ちに、違法となり、原告に対する不法行為を構成するものとはいえない。けだし、使用者は、労働契約上、労働者に対し業務命令権を有し、その一環として、従業員としての適格性を育成しその労働力の質の向上をはかるための教育訓練を、その裁量により原則として自由に労働者に命ずることができるというが相当であるから教育訓練を命じたことにつき合理的な理由がなかつたことの一事をもつて、直ちに本件教育訓練が違法ということはできない。

しかしながら、使用者の労働者に対する業務命令権ももとより無制限なものではなく、業務命令が発せられた目的、経緯、その内容等に照らし、労働者の人格、権利を不当に侵害するものであるときは、業務命令権の裁量の範囲を逸脱したものとして違法となると解すべきであるから、かかる観点から、本件教育訓練の業務命令について、その違法性について検討する。

三  そこで、本件教育訓練の内容等について、以下、検討する。

1  当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)、原告及び被告吉田二夫の各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、これに反する(証拠・人証略)、被告吉田二夫本人尋問の結果の各一部は採用できない。

(一)  被告吉田は、昭和六三年五月一二日午前八時三〇分ころ、本荘保線区の事務室における朝礼点呼の際、各職員に対する作業指示の中で、同事務室に出頭した原告に対し、「佐田敏美、教育訓練」と指示し、同事務室にいた他の職員(当時、原告及び被告吉田を含め約二〇名の者がいた)に対し、「就業規則をわからない者がいる。迷惑がかかるかもしれないが皆さん協力してください。」と述べた。引き続き行われた朝の準備体操終了後、被告吉田は原告に対し、午後四時三〇分ころまでの就業規則の書き写しと、その後の感想文の作成、書き写した就業規則の読み上げを指示し、同事務室内の被告吉田の机の前に並べた机に原告を着席させ、原告をして同日午後四時三〇分ころまでの間就業規則の書き写しを行わせた。

(二)  同事務室内には、被告吉田の他二一名の職員の机があり、当日も職員の一部の者が同事務室内で仕事を行つていた。

原告が就業規則を書き写している間、被告吉田は、仕事のため同事務室内の自己の席を離れ、常時、原告の右就業規則の書き写しを監督することはなかつたものの、原告が手を休めたりしていると、就業規則を早く書くよう怒鳴つたり、机を足で蹴つて大きな音を立てたり、また、他の職員が原告にお茶を差し出すのを止めさせ、原告が用便に行くのを一時制限するなどした。原告は、午後四時三〇分ころまでの間、昼休みの一時間の休憩を除いて就業規則の書き写しを行つたが、書き写した就業規則は就業規則一四二条のうち六八条まで、B四版の紙に八枚であつた。被告吉田は、午後四時三〇分ころになつて、原告に書き写した就業規則の読み上げを命じ、原告が起立して読み上げている間も「ふらつくな、もつと大きな声で読め。」と怒鳴るなどし、午後四時五〇分ころまで就業規則の読み上げをさせた。その後、被告吉田は原告に対し、感想文の作成を命じたが、原告が感想文を数行しか書かなかつたため、更に感想文を書くよう命じたものの、しばらくして勤務時間が終了したことから、原告は帰宅してしまつた。

(三)  原告は、帰宅後、腹痛が起きたため、電話で、妻を介して本荘保線支区長に対し、翌日の年次有給休暇を求めたところ、一端(ママ)はこれが認められたが、その後被告吉田の判断で右休暇の申し出が認められなかつたため、翌一三日朝、本荘保線区の事務室に出頭した。被告吉田は原告に対し、昨日に引き続いて、午後四時ころまでの就業規則の書き写しと、その後の書き写した就業規則の読み上げを命じた。原告は就業規則の書き写しを始めたが、午前一〇時三〇分ころになつて腹痛を訴え、再び午前一一時ころになつて腹痛を訴え、被告吉田に病院に行かせてくれるよう申し出たところ、被告吉田は最初これを認めなかつたが、原告が胃潰瘍の病歴があることを説明したことから原告の申し出を認め、原告の就業規則の書き写しを止めさせた。そして、被告吉田は原告に対し、就業規則の書き写しの感想を求め、原告が就業規則の内容が変わつた旨述べたことに対し、国労の物を身につけることは就業規則三条の職務専念義務に違反する旨を告げた。原告は、同日午前一一時二〇分ころ、本荘保線区の事務室を出て、由利組合総合病院で診察を受けた結果、同病院の医師から入院するよう言われ、翌一四日から同月二〇日まで同病院に入院するに至つた。

2  右事実に基づき、本件教育訓練の違法性についてみるに、就業規則の書き写し行為それ自体は、一定の苦痛をともなうものであるが、教育訓練としての目的、効果、方法等に照らし、これをもつて直ちに違法なものとはいえないけれども、被告吉田による本件教育訓練は、多数の職員の面前で原告の行為を非難したうえ、他の職員のいる事務室において、およそ一日半にわたつて就業規則の書き写し等を行わせたものであり、その間、職員の前で原告を大声で怒鳴つたり、原告が用便に行くのを制限するなど、被告吉田が自己の仕事の傍ら原告の教育訓練を監督せざるを得なかつたことや、原告の本件教育訓練に臨む態度が必ずしも真摯なものではなかつたことなどの事情を考慮しても、教育訓練としては著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。本件教育訓練は、その態様からすると、就業規則の書き写し等のそれ自体による効果よりも、他の職員の面前において行わせた、いわばみせしめによる効果を狙つた、懲罰的な教育訓練といわざるを得ず、しかも、本件教育訓練は、客観的には就業規則に違反していないにもかかわらず、違反しているとしてなされたもので、本件教育訓練を命じたことにつき合理的な理由がなかつたことも併せ考えれば、かかる教育訓練の方法は、原告の人格を著しく侵害し、教育訓練に関する業務命令の裁量の範囲を逸脱した違法なものであつて、原告に対する不法行為を構成するといわざるを得ない。

3  したがつて、被告吉田は民法七〇九条により、被告会社は、被告吉田の右行為が職務の執行としてなされたものであるから、同法七一五条により、それぞれ本件教育訓練によつて生じた原告の損害について賠償責任を負担する。

四  損害

1  慰謝料

前項の認定事実に、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は以前から胃潰瘍にり患し治療を受けていたところ、昭和六三年五月一三日の本件教育訓練中に腹痛を起こし、同日、右病院で診察を受けた結果、同病院の医師から入院するよう言われ、翌一四日から同月二〇日まで同病院に入院したが、同病院を退院後は、胃潰瘍の治療を特に受けていなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告の腹痛は、原告に胃潰瘍の既往症があつたにせよ、本件教育訓練による精神的な苦痛がその一因になつていることは否定せざるを得ないところである。

右の事情や、その他本件教育訓練に至つた経緯、本件教育訓練の内容等、本件に顕われた諸般の事情を総合考慮すると、原告が本件不法行為によつて受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、二〇万円をもつて相当と判断する。

2  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起とその遂行を原告代理人らに委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容並びに本件での請求額及び認容額等を斟酌すると、本件不法行為と相当因果関係があると認められる弁護士費用は五万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上のとおり、原告の被告らに対する本件請求は、被告らに対し、連帯して二五万円及び内金二〇万円に対する不法行為後の日である昭和六三年八月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋山賢三 裁判官 加々美博久 裁判官 川本清巌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例